「野燗炉の歴史
日本酒の燗を付ける文化は、平安時代から始まったと言われています。金属製の銚子(ちょうし)、又は、鉄製の燗鍋(かんなべ) という道具で、直火で暖めていました。
時代は定かではありませんが、平安時代から江戸時代の間に野燗炉が誕生しました。野燗炉は、燗銅壷・野風炉などと呼ばれていました。
伊達藩氏 支倉常長が、一六一三(慶長一八)年、政宗の命で遣欧使節の正使としてイタリアに渡りローマで教皇パウロ五世に謁し時に残された記録のなかで持参品として野燗炉が記されていま す。
江戸時代の後期の天保年間辺りからは、野燗炉(燗銅壷)が庶民に広がりをみせていたと推測されます。江戸のお花見や、行楽用に利用されておられました。風俗画にもよく登場しています。
安全や電気式の燗つけ道具などが誕生し、時代から徐々に姿を消していきました。近代化のなかで人々からは名前さえも忘れされました。
野燗炉を復活させて、もう一度野燗炉文化の普及を目指します。
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